大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和62年(ワ)16140号 判決

原告

伊藤直

被告

協栄生命保険株式会社

主文

一  被告は、原告に対し、金一三三四万九三六六円及びうち金一二一四万九三六六円に対する昭和六二年七月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを六分し、その五を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金七九五五万一五七五円及びうち金七五七五万一五七五円に対する昭和六二年七月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  本件事故の発生

(一) 日時 昭和六一年六月二七日午後零時五五分頃

(二) 場所 東京都世田谷区奥沢八丁目一番一号所在の出光給油所内

(三) 態様 松本弥寿男(以下「松本」という。)運転の普通乗用自動車(以下「被告車」という。)が発進した際、歩行中の原告及び停車中の原告所有の普通乗用自動車(以下「原告車」という。)に衝突した。

2  責任原因

松本は、前記の発進をするに際して、給油所の従業員の指示に従い安全に発進すべき注意義務があるのにこれを怠り、従業員の指示がないまま被告車を急発進させた過失により本件事故を惹起した。

被告は、松本の使用者であり、本件事故は、松本が被告の事業を執行する課程において生じた。

被告は、被告車を所有し、これを自己のため運行の用に供していた。

3  原告の損害

(一)(1) 原告は、本件事故のために、頸椎捻挫、左背部打撲症、尾骨打撲症、左肋軟骨骨折、左手打撲捻挫の傷害を受け、この結果、左肋軟骨骨折部の体捻時疼痛、左第三、第四指の疼痛及び同第四指の巧緻運動傷害等の後遺障害が残つた。

(2) 右受傷に伴う損害の額は次のとおりである。

ア 休業損害 二九〇六万三四三〇円

イ 後遺障害による逸失利益 四二四〇万八一四五円

ウ 慰藉料 三七〇万円

(二)(1) 本件事故のため、原告車が破損した。

(2) 右破損のため、原告車には、いわゆる評価損として五八万円の車両損害が生じた。

(三) 弁護士費用 三八〇万円

よつて、原告は、被告に対し、民法七一五条一項本文及び自動車損害賠償保障法三条本文に基づき、前記損害合計七九五五万一五七五円及びうち弁護士費用を除く七五七五万一五七五円に対する本件事故発生の日の後である昭和六二年七月一日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実について、(一)、(二)は認める。(三)のうち、原告と被告車が衝突したことは知らない、その余は認める。

2  同2の事実は認める。

3  同3の事実について、(一)は否認する。(二)のうち、(1)は認め、(2)は否認する。(三)は否認する。

三  抗弁(損害の填補)

1  原告は、昭和六一年一一月一〇日、大正海上火災保険株式会社から、本件事故に起因する昭和六一年七月四日から同年一〇月五日までの就業不能により被つた損害の填補として、所得補償保険の保険金三〇六万六六六六円を受領した。

2  原告は、昭和六一年一二月二七日、東京都歯科健康保険組合から、本件事故に起因する昭和六一年七月一日から同年一〇月五日までの就労不能につき、健康保険法四五条による傷病手当金一三四万〇五七四円を受領した。

四  抗弁に対する認否

認める。

第三証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

一  請求原因1の事実について

1  同(一)、(二)は当事者間に争いがない。

2  同(三)のうち、松本運転の被告車が発進した際、停車中の原告所有の原告車に衝突したことは当事者間に争いがなく、甲第一号証及び原告本人尋問の結果によれば、その際、原告車を降り給油所の事務所に向かつて歩行中の原告に被告車が衝突したことが認められる。

二  請求原因2の事実は当事者間に争いがない。したがつて、被告は、民法七一五条一項本文及び自動車損害賠償保障法三条本文に基づき、本件事故により原告に生じた損害を賠償すべき義務がある。

三  請求原因3の事実について

1  人的損害

(一)  甲第四号証、乙第一、第一一号証、証人豊田武人の証言及び原告本人尋問の結果によれば、原告は、本件事故のために、頸椎捻挫、左肋軟骨骨折、左手打撲捻挫、左背部打撲症、尾骨打撲症の傷害を受け、この結果、左肋軟骨骨折部の体捻時疼痛、左第三、第四指の疼痛及び同第四指の巧緻運動障害等の後遺障害が残つたこと、右疼痛及び巧緻運動障害はいずれも軽度のものであり、自動車損害賠償責任保険の後遺障害に関する事前認定において自動車損害賠償保障法施行令二条別表後遺障害別等級表に定められた程度に至らず非該当と認定されていること、以上の事実を認めることができる。

(二)(1)  休業損害 一五三五万六六〇六円

甲第二、第四号証、甲第五号証の一ないし五、甲第六号証の一ないし七、甲第八、第九、第一三号証、乙第一号証、証人豊田武人の証言及び原告本人尋問の結果によれば、原告は、本件事故当時、東京都世田谷区内に歯科医院を開設し、歯科医師として稼働していたものであるが、前記受傷のため、本件事故当日の昭和六一年六月二七日から同年一〇月五日までの一〇一日間歯科医院を休診せざるをえず、診療を再開した同月六日から昭和六二年五月一二日頃(その頃、前記受傷による症状が固定したものと認められる。)までの二一九日間は、しばしば休診したり、あるいは診療時間を短縮せざるをえなかつたこと、本件事故前における原告の所得並びに休診期間中においても支出せざるをえない経費である租税公課、減価償却費、地代家賃、賃借料、給料賃金、組合費及び専従者給与の合計額(以下「固定経費の額」という。)は、昭和五八年において所得金額二〇三九万六二〇一円、固定経費の額一〇七四万一〇八六円、昭和五九年において所得金額一九四二万八八九五円、固定経費の額一〇七七万九〇六〇円、昭和六〇年において所得金額七九九万一八四二円、固定経費の額一〇五四万六三八三円であつたこと、以上の事実が認められる。

そこで、右三年間の所得金額と固定経費の額の和の平均は一日当り七万二九五三円であるからこの金額を基礎とし、前認定の全く休診していた期間は一〇割の、診療を再開した昭和六一年一〇月六日から症状が固定した昭和六二年五月一二日頃までの期間は五割の所得の減少が生じたものとして原告の本件事故による休業損害を求めると、その額は一五三五万六六〇六円となる。

(2)  後遺障害による逸失利益 認められない。

前認定のとおり、原告の後遺障害はいずれも軽度のものであり、原告の歯科医師としての就業に所得の減少をもたらす程度の支障をきたしているものとは認められないから、後遺障害による逸失利益を認めることはできない。

(3)  慰藉料 一二〇万円

原告の受傷の内容、治療経過、後遺障害の内容、程度等、諸般の事情を総合すれば、原告に対する慰藉料としては一二〇万円をもつて相当と認める。

2  車両損害(いわゆる評価損) 認められない。

自動車が事故によつて破損し、修理しても技術上の限界等から回復できない顕在的又は潜在的な欠陥が残存した場合(例えば、機能的障害が残存した場合、外観が損なわれた場合、耐用年数が低下した場合など)には、被害者は、修理費のほか右技術上の減価等による損害賠償を求めうるものというべきである。これを本件についてみるに、修理後において原告車に前記技術上の欠陥が残存したことを認めるに足りる証拠はない。したがつて、車両損害の請求は認めることができない。

3  損害の填補 合計四四〇万七二四〇円

抗弁の事実は当事者間に争いがない、そこで、原告が受領した所得補償保険の保険金三〇六万六六六六円及び健康保険法四五条による傷病手当金一三四万〇五七四円の合計額四四〇万七二四〇円を前認定の休業損害の額から控除する。

4  弁護士費用 一二〇万円

原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告は本件訴訟を原告訴訟代理人に委託し、相当額の費用及び報酬の支払を約しているものと認められるところ、本件事案の性質、審理の経過、認容額に鑑みると、原告が本件事故による損害として被告に対し賠償を求めうる弁護士費用の額は一二〇万円をもつて相当と認める。

四  以上の事実によれば、本訴請求は、被告に対し、前記損害合計一三三四万九三六六円及びうち弁護士費用を除く一二一四万九三六六円に対する本件事故発生の日の後である昭和六二年七月一日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を、各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 岡本岳)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例